G1・Jpn1解説 春編
■フェブラリーステークス 4歳上 国・指 ダ1600m 東京
ダートの最高峰レース
オープン特別から始まり1984年にハンデ戦のG3に、1994年にG2に昇格し、1997年にG1となった。
このレースの変遷はダート戦整備の歴史そのものである。
レースレコード:2009年 サクセスブロッケン 1:34.6
■高松宮記念 4歳上 国・指 定量 芝1200m 中京
スプリンターズS同様、4歳・古馬混合の短距離馬が集うレースで春のスプリントチャンピオンを決定するレース。
もともと中京2000mG2として7月に施行されていた高松宮杯が始まり。
1996年から1200mのG1となり、1998年から高松宮記念と名称が変更になり、2000年年から5月の開催から3月に繰り上げられた。
レースレコード:2008年 ファイングレイン 1:07.1
■桜花賞 3歳 指 牝馬55kg 芝1600m 阪神
春のクラッシック競走の第1弾として距離1600mで競われ、最もスピードのある優秀な牝馬を選定するためのチャンピオンレースとされるとともに、優秀な繁殖牝馬発掘のための検定的要素もある。
1939年中山競馬場で行われた中山4歳牝馬特別に始まる。この時の距離は1800mだった。
第7回から京都に移して距離1600mで行われ桜花賞となり、さらに1950年の第10回から阪神競馬場で行われるようになった。
2004年から条件付きで外国産馬が出走できるようになった。
レースレコード:2005年 ラインクラフト 1:33.5
■皐月賞 3歳 指 牡57kg・牝55kg 芝2000m 中山
3歳馬悲願の三冠レースの一つ。イギリスの競馬に例えるなら2000ギニーに相当し、三冠制覇への第1関門として大きな役割を担っている。
1939年に横浜で行われていた横浜農林省四歳呼馬競走が前身であり、創立当時は距離1850mで行われていた。
太平洋戦争の激化に伴い横浜競馬場が海軍に徴用となったため、1943年以降場所を東京競馬場に移して行われていた。
その後、1949年に中山競馬場に舞台を移し名称も皐月賞となり、距離も1950年に2000mとなった。
2002年から条件付きで外国産馬の出走が可能となった。
レースレコード:2002年 ノーリーズン 1:58.5
■天皇賞(春) 4歳上 国・指 牡58kg・牝56kg 3200m 京都
古馬最高の栄誉とされる春の天皇賞は、京都競馬場にて4歳以上のステイヤーが名実ともに実力日本一を争うのに対し、秋は東京競馬場で歳以上の中距離の日本一を決定するレースであり、最も長い歴史を持つ。
1905年のエンペラーカップにさかのぼる。当時7ヶ競馬倶楽部で帝室御賞典競走が施行されていたが、1937年日本競馬会発足を機に春は阪神、秋は東京で「帝室御賞典競争」として年2回施行されるスタイルとなった。
1938年の秋季から距離3200mとなり、天皇賞の名称は1947年秋から使用されるようになった。
当時は勝ち抜き制度のため一度優勝した馬には出走資格が与えられなかったが、1981年からは過去の優勝馬も出走できるようになった。1987からは3歳馬にも 出走資格が与えられるようになった。
さらに2000年からは、一定の条件を満たした外国産馬が出走できるようになり、2008年からはセン馬が出走可能となった。
レースレコード:2006年 ディープインパクト 3:13.4
■NHKマイルカップ 3歳 混・指 定量 芝1600m 東京
現状から、クラシックに出走資格が制限される3歳外国産馬の春の最大目標となるレース
1995年まで施行されてきたG2NHK杯の代わりに新設されたが、現在このレースのトライアルとなっているNZTが前身となる。
レースレコード 2009年 ジョーカプチーノ 1:32.4
■ヴィクトリアマイル 4歳上 国・指 牝馬 定量 芝1600m 東京
牝馬の競争馬としての活躍の場を広げ、優良繁殖牝馬選定に資することを目的に、エリザベス女王杯に続いて2006年から創設された古馬牝馬のG1レース。
レースレコード
■優駿牝馬 3歳 指 牝馬55kg 2400m 東京
距離2400mで競われ、スピードとスタミナを兼ね備えた繁殖牝馬を選定するためのチャンピオンレースで、1779年第12代ダービー卿が英国に創設したオークスを模範にしている。
1938年に設けられた内国産サラブレット系4歳牝馬限定の競争がオークスの元となる。
創設当初、阪神優駿牝馬として秋季に施行されていた。
1946年に舞台を東京競馬場に移した際に、名称も現在の優駿牝馬(オークス)となり1953年以降は諸外国と同時期の春季に開催されるようになった。
レースレコード:2007年 ローブデコルテ 2:25.3
■東京優駿 3歳 指 牡57kg・牝55kg 2400m 東京
3歳馬の最大レース。
英国のダービーに習い、1930年4月に東京競馬倶楽部が発表した「東京優駿大競走編成趣意書」が発端
上記趣意書に基づき、1932年4月24日サラブレット系4歳馬による2400mのレースが、目黒の東京競馬場で施行されたのが始まりである。
1934年第3回から舞台を府中にある現在の東京競馬場に移し、戦争で2回中断した以外は、競走条件を一切変えずに施行されているレースである。
2001年から条件付で外国産馬が出走可能となった。
レースレコード:2006年 ディープインパクト 2:23.3
■安田記念 3歳上 国・指 定量 芝1600m 東京
有馬記念と同様に数少ない人名が用いられた重賞競走のひとつで、マイラー系古馬の春の最高峰レースである。
明治、大正、昭和の三代にわたって競馬に携わり、大正12年の競馬法の制定や、日本ダービーの創設などに尽力された故・安田伊左衛門氏の功績を讃え、1951年に安田賞として創設された。
19583年、安田氏死去ののちに安田記念と改称された。当初はダービーと同開催の最終日に施行されることが多く4歳以上のハンデキャップレースであったが、1984年のグレード制導入により、同年秋に新設されたマイルチャンピオンシップとともに1600mのG1競走として格付けされた。1993年から外国馬の参戦も認められ、1996年からは開催時期が6月初旬に移行し、併せて3歳馬の参戦も認められた。
レースレコード:2003年 アグネスデジタル 1:32.1
■宝塚記念 3歳上 国・指 定量 芝2200m 阪神
1年の掉尾を飾る有馬記念のように関西地区の春シーズンの締めくくりレースとして1960年に創設され、有馬記念のように出走馬をファン投票で選出する。
短距離、中距離、長距離の各路線を歩んできた馬たちが一堂に集い、春シーズンの実力日本一を決定するレースでもある。
当初は、出走条件に変更が続いたが、1966から2200mに、1968年に出走条件が4歳以上になった。
1987年から出走条件が再び3歳以上となり、1996年から3歳・古馬両方のローテーションを勘案して施行時期が7月にスライドしたが、2000年から6月下旬になった。また、1997年からは外国馬にも開放された。
レースレコード:2004年 タップダンスシチー 2:11.1
気の向く馬馬 最終更新日 2009/05/10